Nさんをお世話し、私自身が新しい発見をし、彼女自身が変化してゆく姿を目の当たりにし、人間の内に潜む「感性の力」を回復する様子に感動しています。
彼女は、4泊5日の「断食内観コース」の研修に参加されました。内観に入る前はいつも、その方の動機や目的に沿って、モチベーションが高まるようお話をします。
彼女の場合も2時間ほど話をし、内観の作業に入りましたが、内観がうまくすすみませんでした。そこで私は、改めて内観作業がすすみやすくなるため、拙著である「母の真実の愛にめざめて開く
『感動の扉』」を読むように伝えました。
ほとんどの人が、この本を読むことによって感動し、非常に内観がすすむのですが、なぜかNさんには感動がなく、かえって議論の対象になって、激しい議論が
始まることになりました。
それはすさまじいものでした。そんなわけで初日は議論で彼女も疲れ、内観作業を中断せざるを得ませんでした。
しかし、その議論中に彼女が涙を流し泣きじゃくった一幕がありました。涙なるものは、考えて流れ落ちるものではありません。議論は理性の衝突ですから、涙
など出るわけがないのです。
彼女が涙を流したということは、私の話の中で、理屈を越えて共感する部分があったのでしょう。
けっこう長い時間議論した後、私は静かに「ここは議論するところではなく、内観するところです。君もつらかったけど、君のつらさの何倍もお母さんはつらく思い悩んでいますネ…」
と申しました。その瞬間、彼女の感性が動いたのでしょう。自然に涙が溢れ出たのです。
疲れを癒すため、私は「温熱ルーム」に入ることを勧め、彼女は約1時間温熱ルームに入って汗を流されました。その直後、すっきりした表情で、「内観をさせ
てください」と彼女から申し出てこられたのです。
その後の内観はスムーズにすすみ、お母さんに対する内観が深まっていきました。その内観によって、いかに自分が独りよがりだったか、母との関係を疎遠にして、会話のない関係になっていた原因は、ことごとく自分にあったことに気づかれ
ていったようでした。
それでも彼女は、原因のすべてが自分の中にあるところまで自覚することはできず、悶々として過食症と決別する自信ができたようには思えない表情で、一抹の
寂しさを浮かべていました。
2日目、3日目はお父さんや妹さんに対する内観(記録内観)を行いました。「記録内観」とは、内観の方法は同じですが、内観後、3つのテーマ(してもらったこと、
して返したこと、迷惑、心配をかけたこと)に沿って自分でノートに記録していく方法をいいます。
内観は「日常内観」といって、自宅でも続けることが大切ですので、自分で進められる人には、この記録内観もやっていただいています。この記録内観によって
も、内観がすすんで、いろんな気づきをされた方はたくさんいらっしゃいます。(詳しくは『内観教育のすすめ』をご参照ください)
Nさんの場合、お父さんに対しては、お母さんほど思い出すことが少なかったようでしたが、内観によって、お父さんに対する信頼、尊敬、感謝が薄く、疎遠で
あった自分に気づかれたようでした。
また、妹さんに対しては、思いやり、親切心などが殆どなかったことに気づかれ、どちらにしても、自己中心的であった自分を自覚されたようでした。
その後、再びお母さんに対する内観をしてもらいましたが、最初の内観に比べ、より実感を持っていろいろなことに気づかれたようでした。
4日目、私は「自分で自分を励ます励まし方」と、自分の「意志の力を信じる」こ
とを講話の中で教えました。また、初日、彼女に拙著の「人格は創り変えられる」の本を読むことをすすめておりましたが、彼女自身からその本
を読みたいと申し出られ、本当に求める気持ちになって読んでおられたようでした。
そして、退苑する5日目の朝、彼女の晴れやかな顔と、凛とした張りのある挨拶の中に、Nさんの大きな変化を感じ、大変うれしく思いました。
「人格は創り変えられる」の本は、人生のハンドブックとして、これから何度も読むことで、自分が真に自立していけるのではと、感じられたようでした。
最後に、ロールレタリングの作業を実践して、自分の声で読み上げてもらいましたが、感情
がこみ上げて言葉になりませんでした…。
そして別れ際には「すべてありのままの自分を母に打ち明けます。そして、必ず立ち直るよう努めます―。」とはっきり明言してくれました。
立ち直るか立ち直らないかは、本人自身のこれからの生き方にかかっていますが、その大きなキッカケをつくったことは間違いありません。
ここに「身心養生苑」の意味と価値があると思っています。
|